南総里見八犬伝のモデルとなったザオ族

ベトナム
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サパの赤ザオ族

ベトナムのラオカイやサパに行った時に,多くの赤ザオ族を見かける事がありました,マユを剃ったヤンキー風風貌,サンタクロースの様な赤い帽子など,個人的に奇異な感覚を持ち,何故あのような格好をしているのか興味がわきました。

ザオ族基本情報

ザオ族(ヤオ族)(中国語 瑶(よう)族)自称はIu Mien,
総人口は3,100,000人,中国,ベトナム,ラオス,タイに居住しています。

道教と儒教の影響を強く受けており,道教の神である盤古(古代創生の神)を信仰しています。
古い神様を未だに信仰しているあたりは,かなり昔から生活習慣を変えていない事が伺われます。

ザオ族は彫金の高い技術を持ち,Nom Daoと呼ばれる独自の漢字(読みはザオ語)を使い、祈りの言葉や詩を書き留めたりもします。
文化度の高さもうかがえます。

ザオ族は,風習や伝統、衣装等の違いによって,Red Dao(赤ザオ族),Black Dao(黒ザオ族)、Dao Tien(ティエンザオ族)、Dao Ban(バンザオ族)、Dao Quan Trang(クワンチャン族)など、細かく分けると11のグループからなるといわれています。

ベトナムにいる赤ザオ族

ベトナムにいる赤ザオ族の祖先は13世紀頃、中国からやってきたようです。人口はおよそ百万人で、ベトナムの54民族の中で、9番目に多い民族です。赤ザオ族は,明代に華南を離れる以前に形成されたであろう伝統を現在まで残しています。べトナム北部へのザオ(ヤオ)民族の流入は20 世紀中頃まで続いていたようです。

南総里見八犬伝のモデルとなったザオ族

ザオ(ヤオ)族の祖先は,紀元以前に中国南部の湖南省北部あたりに居住していたといわれています。
ザオ(ヤオ)族の祖先は古代中国の女王と霊犬の間に生まれたとの言い伝えがあります。『後漢書』には「槃瓠(ばんこ)」とよばれる霊犬をその始祖にもつという起源伝説が記されています。

この伝承が史記に取り入れられ、後に日本に伝わって南総里見八犬伝に取り入れられたとされています。

現在,広東省、広西壮族自治区、雲南省、湖南省、海南島、ベトナム北部、ラオス北部、北タイ(主にチェンマイ県、チェンライ県、パヤオ県、ナーン県)に居住するヤオ族ザオ(ヤオ)族には,始祖伝説が残っています。

「中国の皇帝パンは、長年にわたってカオ王と争っていたが、ついに従えることができなかった。ある日、宿敵の首をもたらしたものには姫をつかわすであろうと布告した。この言葉を、槃瓠(ばんこ)という犬が聞いた。槃瓠(ばんこ)はカオ王の陣営に赴いて、王を噛み首を中国の皇帝に持っていった。皇帝は約束にそむくわけにもゆかず、姫を槃瓠に与えた。彼らのあいだに6人の男子と6人の女子が生まれた。その子孫がヤオ族になった。」

というもので,後漢書に記述された伝説の内容とほぼ同じです。

古代原始社会では,動物や植物を祖先とする信仰意識が多くあったようです。日本でも,沖縄にそのような信仰があるようです。

民族学者・谷川健一氏によると、「犬と女とが一緒になり、その間に出来た子孫が栄える話は、沖縄の与那国島や宮古島にもあり、宮古の人間は犬の子孫だなどと現在でも言っている

沖縄にもザオ族のような伝承があるというのは,興味深い話です,特に沖縄は離島に行くと,いろいろな国から流れついた人達がいたせいか,独特な文化が残っており,もしかしたら,中国大陸の方からも流れ着いたのかとも考えさせられます。

古代では先進的だったザオ族

ザオ(ヤオ)族は文字を持ち,成人の儀式等,少数民族の中では先進的で文明化されているように感じます。

 

眉を剃るのも犬を神聖視し,美の基準が犬であるのなら納得がいくところです。

結婚式の時には花嫁が顔を見せないようにすっぽりと覆いますが,これは一説には犬に嫁ぐのを恥ずかしいので顔を隠しているという,言い伝えがあります。


ザオ(ヤオ)族は,古代からの風俗は残っていますが,中国から逃れて来た時点で時が止まってしまっていると感じるのは気のせいでしょうか?

ザオ(ヤオ)族はザオ(ヤオ)族同士でしか結婚をしないようなので,自分達の文化を維持する事に主眼を置いて,発展をするという選択をしなかったようにも思えます。


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